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あの星のなかのひとつ

つかぬ間に貴方とアナタ

たのしくするから嫌わないで

 

 

映画『溺れるナイフ』を初日である

2016年11月5日に観てきました。

 

田舎者である私の目に映った感想を残します。

 

(感想というよりもぼやきかも。)

 

 

 

 

 

― ― ― ―キリトリ― ― ― ―

 

 

 

 

 

田舎で、学校で、“特別”なコウちゃんはずっと特別なのに

外(都会)や大人が出てきたら普通の男の子だ。

特別だけど、傷つくし、人を好きにもなる。

殴られたら身体が、嫌いと言われたら心が、

ちゃんと痛くなる。

 

菅田将暉くんはすごく似合っている。

 

金髪で教室の後ろの隅に

自由にいたりいなかったりする彼は特別だった。

けど、悲しくて悔しくて涙したり、

好きだからキスをする彼は男の子だし、

傷ついて痩せこけてしまったり、

グレてしまう彼は思春期。

 

それでも、外の夏芽にも特別に映ってた。

 

そんな夏芽も特別だったけど、それは“外”っていうブランドが

ついていたからで夏芽も“内”の人間になった頃には

みんななにも思わなくなってしまって

けど、最後にはどこかで結局みんな

「よそもんのくせに」って思うところが嫌いだった。

カナちゃんだってきっとそう思ってる。

でも、田舎者のわたしのこころはすっかりカナちゃんだった。

 

高校でデビューしたカナちゃんだけど、

田舎の狭い小さいところでは

あんなに安っぽくてもカナちゃんの変化が

すごく彼女を強くさせるし、

「かわいいね?」って言って言われることで

きっとこれでよかったって安心したんだ。

上白石萌音ちゃんにはその田舎っぽさがちゃんと出てる。

高校生になって作ったちっぽけな自信がすごく分かった。

都会みたいに当たり前にたくさんある中から高校を選べるわけじゃないから

“わたし”を変えるチャンスって一瞬なんだ。

 

 

けど、そういうことを思っていないのが大友くんで。

みんなの言う悪い話や噂に流されるんじゃなくて、

自分の頭で考えたことを恐れもなく発してる。

眉毛さわってそれだけで高校生に変わった大友くんはすごい。

みんな化粧してみたり、ズボンを下げて履いてみたり、

タバコ吸ってみたり、髪の毛染めてみたりして大人とか都会に

なんとか近づこうとするのに眉毛ちょっと触っただけで

彼は年をちゃんと重ねたんだもん。

やっぱり純潔で赤色で白色だ。

 

田舎は臆病だけど、大友くんはあれも好きこれも好きって自由。

本当はそれが普通なんだろうけど、そうもいかないもん。

すぐ好きになるけど、すぐ嫌いにはならない大友くんはすごくいい人だ。

分かってるくせにっていうところがあるけど、

そこで言葉が出ちゃう、動いちゃう大友くんの人間らしさが好き。

 

けど、菅田くんはコウちゃんになれるってキャスティングされたのに、

大友くんになれるじゃなくて大友くんだ。ってキャスティングされた

重岡大毅くんは観てる私の心が苦しかった。

大友くんは純潔で優しいけど、重岡くんも純潔で優しいから。

 

大友くんのやさしさはぜんぶぜんぶ好きだから。

好きなひとのためのやさしさだよ。

けど、それが大友くんなのか重岡くんなのか

よく分からなかった。

重岡くんが大友くんだったけど、

大友くんも重岡くんだった。

中学生の時とカラオケで歌うあの時だけ

唯一、重岡くんがいなくて大友くんに見えた。

 

菅田くんは嬉しい顔も傷ついた顔も

全部コウちゃんだったのに、

大友くんは嬉しい顔も傷ついた顔も

重岡くんがいて痛かった。苦しかった。

 

 

 

そんな世界で流れる劇中歌『ハンドメイドホーム』は

とても痛くなる。

 

 

惰性のにばん 君がいちばん

嫌いな言葉をわたし歌いたい

気持ちをおさえてできるだけ

たのしくするから嫌わないで

 

 

大友くんが2番だなんて思わなかったけど、

夏芽の2番も3番も知らないけど、

君(コウちゃん)がいちばんってことだけは分かるから。 

 

 

 

ナイフを持ったコウちゃんは強くなったのかもしれないけど、

夏芽にはそんな反則になんの輝きも憧れも感じなかった。

 

 

 

けど最後に“中”のコウちゃんと

“外”の夏芽を繋ぐものがナイフで、

それを持ったカナちゃんは

きっとそれが“中”である意地とプライドで

ナイフに関わっちゃいない大友くんが

何より純潔である証に見えた。

 

“中”の村人にとっては海の神さんだけど

“外”の夏芽にとってはコウちゃんが神さんだから

海に行ったところで罰なんてあたりやしないんだ。

 

結局、夏芽にとっての輝きは

何の守りもしていないコウちゃんで

それさえあれば大友くんもカナちゃんも

きっといらなかったんだなぁ。

それでも大友くんは夏芽を想うし、

カナちゃんはコウちゃんを想ったんだ。

 

 

 

この映画にはきっと私が思春期に避けていた

苦しさと痛みがぜんぶあった。